Temporada 1 · Rizomas en Combustión · JVV-T1-18
存在論の物神としての連鎖台帳
I 信じずに信じるための機械
2009年1月、ビットコインの最初の区塊に、銀行の救済についての Times の見出しが収められる。引用を伴う創設の行為である。その連鎖は、何を信じないかを宣言して生まれる。
十六年後、その連鎖は年に 120 TWh を費やして一つのことを保証している。誰も誰かを信じずに済んだ、ということを。
「互いの顔を見ずに済ませるために、中くらいの国ぶんの電力を払っている。」
II 物神の解剖
マルクスは、人と人の社会の関係を、物の性質として取ることを物神崇拝と呼んだ。価値は商品の 内に あるように見える。実際には、それを産む者たちのあいだにある。
連鎖は信頼について同じことをする。信頼は規約の 内に あるように見える——数学的で、避けがたく、顔がない。だが相変わらず人と人のあいだにある。符号を書く者、節点を運用する者、分岐を決める者のあいだに。
古典の物神との違いは弁解にある。商品は客観であると約束したことがない。連鎖は約束した。
III いまも人のものである表
| こう示される | 実際は |
|---|---|
| 数学による合意 | 合わせて 62 % を占める 4 つの採掘の組合のあいだの取り決め |
| 不変であること | 2016年に破られた慣行 |
| 分散していること | 節点の 95 % を占める 2 つの算譜 |
| 符号が法である | 誰かが火曜に版を切る符号 |
IV 不信の式
- E
- 保証に費やされる電力
- T
- 引き受けられた不信
- V
- 保証される価値
- D
- 使える制度の密度
居心地の悪い読み。 電力の消費は安全を測っていない。信頼できる制度の不在を測っている。 働く裁判所を持つ社会は、三桁少ない熱で同じものを保証する。
V 省みる儀礼——連鎖なし
-
01
自分の生で最後に重要だった取引を思い出せ——賃貸、友人どうしの貸し借り。
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02
誰を、なぜ信じたかを書き留めよ。
-
03
誰も信じずに済ますには何が必要だったかを計算せよ。
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04
その費用を、信じるのにかかった費用と比べよ。
何にも署名せず、何も導入しない。この稽古は算術であり、紙ナプキンの上で起きる。
VI 批判の危険
「これは物神である」と言うのは退けているように響くが、そうではない。物神は働く。振る舞いを組み立て、資本を動かし、共同体を丸ごと支える。
そして不信が理にかなう場所もある。五年で 95 % を失った通貨の下で暮らす者は、何も物神化していない。手元にある道具を使っている。
批判は利用者に向いていない。どこかで誰かがどの版を走らせるかを決めているあいだ、規約が中立であるという弁解に向いている。
VII 結語
連鎖の価値が、誰も取り戻さない電力であるのなら、採掘されているのは通貨ではない。裁判所を直すよりリチウムを燃やすほうを選んだ、という証拠である。
そして最後の区塊が書かれたとき、残るのはそれである——話し合って決められなかった全てについての、完璧な会計が。