Temporada 1 · Rizomas en Combustión · JVV-T1-25
脱出の地図法——進化の原動機としての移動
I 七十キロの密林
2023年、520,000人がダリエン地峡を越える。道はない。コロンビアとパナマのあいだの 70 km の密林であり、徒歩で五日から十日。パンアメリカン街道で唯一の陸の断絶であり、その最も通られる区間になった。
主たる回廊として働く地図上の空白。 基盤の不在が、基盤である。
「道はなかった。足が造り、いまや地図に載っている。」
II 運動の解剖
ドゥルーズとガタリは、点から点へ移る移民と、点と点のあいだの空間を占める遊牧民とを分けた。
現代の脱出はそのいずれでもなく、そこが新しい。移民のように告げられた行き先を持つ。だが道行きは年単位で続き、自らの都市と経済と言語を産む。遊牧民のように。
これを 第三の状態と呼びたい。滞在より長く続く通過である。
III 回廊が生むものの表
| 道中に現れるもの | 規模 |
|---|---|
| 案内と輸送の経済 | 一人あたり 1,700 USD |
| 充電と接続の地点 | 15-20 km ごと |
| 固有の語彙 | 数十の用語 |
| 通信で共有される地図 | 日ごとに更新 |
この四つのいずれも国家が計画したものではない。四つとも働いている。 脱出の回廊は、多くの公式の国境よりも、一キロあたり多くの制度を産む。
IV 生物学への転回
ここで批判は学問を変える。なぜかを言っておく値打ちがある。
熱力学では、大量の移動は散逸として読まれる。失われる力、移送で燃える人の労働。正しい記述であり、何も説明しない。
生物学では別に読まれる。遺伝子流動——個体が集団のあいだを動くこと——は、集団が局所の最適に固まり、環境が変わったときに死ぬことを妨げるものである。 移動のない種は安定した種ではない。待機している種である。
慰めの隠喩ではない。運動が故障ではなく機能として現れる唯一の枠である。
V 危険性
そしてここで急に止まらねばならない。進化の類比には、間違った側へ切れる刃があるからである。
移動を原動機として読むことは、それを産むものを正当化する優雅な仕方になりうる。運動が種にとって機能的であるなら、それを押し出す困窮は投入物に変えられてしまう。それは卑猥であり、しかも偽である——遺伝子流動の生物学のどこにも、道行きが誰かを殺すことを要する部分はない。
類比は移動を考えるのに役立つ。ダリエンを考えるのには役立たない。それには進化の数字ではなく、責任の数字が要る。
VI 結語
地図が、人の通るところに従って描かれ、その逆ではないのなら、国境は線ではない。誰も通らないであろう場所についての賭けである。
そして毎年その賭けは、舗装のない七十キロの密林で失われる。五十万人がそこを歩くと言い張ったので、その密林はもう地図に載っている。