Temporada 1 · Rizomas en Combustión · JVV-T1-17
生成する人工知能——自動の冒瀆の詩学
I 信じずに祈る機械
2024年、拡散の模型が、美術館の 1,200 枚の画像と十四分の微調整でビザンティンの聖母を描くことを学ぶ。聖母が何かは知らない。光輪のまわりにどの画素が来がちかを知っている。
それは冒瀆ではない。もっと悪く、もっと興味深い何かである。冒瀆は、侮辱できるだけには聖なるものを敬っている。機械は無視する。
「冒瀆とは、隔てられていたものを共の用に返すことである。生成するものは儀式なしに冒す。ただ単に、その囲いが見えていない。」
II その所作の解剖
| 冒瀆 | 自動の冒し | |
|---|---|---|
| 何に触れているか知っているか | 知っている | 知らない |
| 意図 | 侮辱する | 文を完成させる |
| 費用 | 追放 | 一枚あたり 0.003 USD |
| 効果 | 囲いを強める | 囲いを見えなくする |
費用が肝心である。侮辱することに一生を要するとき、侮辱は何かを意味する。一つの行為が千分の三ドルなら、侮辱は所作であることをやめ、料金になる。
III 摩耗の式
- S
- 素材の帯びる聖なる荷
- N
- 生成の回数
- C
- 一回あたりの生成の費用
次の場合、 C \to 0 かつ N \to \inftyであれば、冒しは無限へ向かい、聖なる荷は零へ向かう。 誰かが攻めるからではない。使われることで尽きるからである。
IV 対立命題——光背は死なない、安くなる
ベンヤミンは、技術による複製が光背を萎ませると言った。楽観ゆえに言い足りなかった。複製は、一度に一枚ずつ萎ませていた。
生成するものは複製しない。あいだを埋める。一度も存在しなかった二枚の画像のあいだの空間を産み、その空間もまた、別の模型がそれを埋めるまでの四秒のあいだ光背を持つ。
光背は消えなかった。消耗品になった。
V 家内の儀礼——安全
-
01
自分にとって何かを意味する画像を選べ——家族の写真、絵、聖像。
-
02
指示文であるかのように、二十語で書いて述べよ。
-
03
声に出して読め。
-
04
画像と二十語のあいだで何が失われたかを書き留めよ。
何も生成する必要はない。この稽古は、見たものと、それについて言えたこととの距離で起きる。
VI 危険性
この全体について、居心地のよい読みがある。機械が聖性を解き、それが解放する、という読みである。
否。消えるのは力ではなく、その在処である。何も隔てられていないとき、内にあるものを問い直す外もまた、ない。完全な冒しと完全な聖別は、同じ風景を産む。縁のない風景である。
そして模型を造る者は、内を保っている。重み、訓練の集合、系が描くことを拒むものの一覧。囲いは引っ越した。倒れてはいない。
VII 結語
聖なるものが、許しなしに繰り返せないものであったのなら、そしていま、請う相手もなしに全てが繰り返されるのなら、問いはもはや、我々が何を冒しているか、ではない。
いま我々が気づかぬうちに何を隔てつつあるのか、二十年後に誰かが一枚千分の三ドルでそれを冒せるように、である。